アーシュラ・K.ル=グウィン 作、 清水 真砂子 訳
帰還 ゲド戦記4
岩波少年文庫
ゲド戦記の四作目。これまでの三作とは少し雰囲気が違うように感じました。
物語の時間軸としては前作「さいはての島へ」の終盤からの続きで、二巻の主人公テナーを中心に話は進みます。
二巻と三巻の間は作品の中ではだいぶ時間が経過しているため、二巻で少女だったテナーも本作では二人の成人した子供を持つ後家となっていて、二巻のときとはすっかり別人のようです。
本作にはテナーの内面が多く描かれています。現実社会にも通じる問題に対する悩みであったり、一通りの人生経験を積んだ人間だからこその行動であったり、なんとなく作者のル=グウィンさん自身の内面を反映しているんじゃないかなと感じました。
これまでの三作はこれからいろいろなことを経験していく子供たちに向けて書かれている作品だとしたら、本作は一通りの人生経験を積んだ大人たちに向けての作品だと思います。
前三作とは少し雰囲気が異なりますが、アースシーの世界の物語であることに変わりはありません。
このシリーズで自分が好きなのは、架空の世界であり魔法も存在する世界にもかかわらず、リアリティを感じることができるところです。
本作もこの部分はぶれることはありません。テナーたちの農園の生活の描写は、読んでいて自分も同じ農園で暮らしているようです。長いこと「かしの木農園」で羊の放牧と四区画の畑と梨畑を管理していたテナーは、昔自分も住んでいた、オジオンと呼ばれる魔法使いが暮らしていた小屋でしばらく暮らすことになります。そこで、オジオンが育てていた玉ねぎ畑を手入れしたり、ヤギたちの面倒をみます。
ヤギは毛を梳(す)かれるのが気に入っていて、テナーが毛を梳こうとすると自分から梳き具の前に体を差し出してきます。灰色と黒の混じったヤギの抜け毛はやわらかく、すすけた雲のようにふくれあがります。作業が終わると、テナーはありがとうと言う代わりにヤギの耳のふちをごろごりかいて、腹をぱんとたたきます。ヤギはひと鳴きして、仲間のもとに帰っていきます。ところどころに、このような生活感あふれるシーンが出てきます。
また、よこしまな魔法使いに魔法をかけられたテナーの様子は、読んでいてとてもリアルに感じられて怖かったです。それは、魔法をかけた側から見たテナーの様子ではなく、テナー自身の心情を中心に描かれているからでしょう。都合の悪いことは他人に話せない口封じのような魔法をかけられたとき、テナーは話そうとすることをふと忘れてしまいます。誰でも、今話そうとしたことを急に忘れてしまうことはあると思います。魔法のない現実世界でも起こりうるような自然な描写が積み重なっていて、思い返すとこれは魔法をかけられているのでは?というような描写です。
こうした丁寧な描写は、アースシーの世界をしっかり読者のこころに届けてくれます。
自分たちと同じように年齢を重ねたゲドやテナーの物語を読めて、元気をもらいました。いくつになっても、やりたいことに挑戦しようと思いました!
※アイキャッチの画像は、テナーたちが野営することになる、もみの木の林の描写を参考に描きました。
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